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牛歩

牛歩:写真



 僕は何度も唾を飲み込んで手を握り込んだ。
 それから、目立たないように少し後ろへと下がった。もっともここでは僕のような容姿のものなど、誰も好みではないし気にも止めないだろう。
 そう、普段は目立つ僕のことなど、今は誰も見てなどいない。後ろの男の荒い息が肩にかかった…。


 皆の視線と呼吸を集めていたのは、ステージの上の大きな裸体だった。
 裸体は汗で艶々と光り、その肉はぴくぴくと震えていた。
 

 これが犯罪ならば、僕はすぐにでも止めただろう。だがここは、そういった嗜好を持つ者たちの集まりの場で、僕は『見る側』の人間だった。そして『見せる側』の彼は。
 彼らは、明らかに悦んでいた……。


「ふぁー…。終わった終わったっ、と」
 撮影と取材が終わると、虎徹さんは首をコキコキと鳴らしながら立ちあがった。
 最近、二人で受けるヒーロー業務以外のマスコミの仕事が増えた。だが、虎徹さんの取材嫌いは相変わらずだった。
 嫌いというより面白くないのだろう。以前、長く座っていると飽きてくる、体を動かしてる方が落ち着くとか言っていたか……。
 周りも、彼の嫌みからではない気楽な様子に、お疲れ様でしたあー、と苦笑と共に大きく声をかけている。
「こちらこそ、ありがとうございました」
 僕がにっこりと周囲に笑いかけると、僕を見ていた何人かの女性が振らついた。うん、いつものことだ。
 僕はそのまま、営業スマイルを崩さなかった。何故営業か…、彼女らが嫌いなわけではない。ただ食指が動かないのだ。
 僕は、男性をその対象としていた。
 虎徹さんと僕は、関係者に取材内容の確認と挨拶をすると、撮影スタジオを後にした。


「このまま帰りますか?」
 駐車場まで、虎徹さんに並びながら話しかける。
 僕たちはバディーとしての出動や取材、社内でのミーティングなど、毎日ほぼ二人で行動している。僕が彼を送るのは、もう当たり前となっていた。
「んー。トレーニングルームにアントン居るだろうから、そっちにいくわ」
 虎徹さんは歩きながら、アントニオさんの名前を出してきた。
 僕は少し息を飲む。
 全く、すごい神経だこの人。この間あんなところを見られたというのに……。
 彼の名前を出して、はっきりと言うさまが悔しかった。なんだか自分だけが、変に気にしているみたいではないか。
 なので売り言葉に買い言葉で、僕も言葉に出してしまった。
「また、あの店に行くんですか?……お二人で?」
 変わらず、虎徹さんからは世間話のような口調で返事があった。
「今日は行かね、二人で遊ぶう」
 間を置かず言葉が続いた。
「バニーちゃんも来る?」
 思わずピタリと止まってしまった。虎徹さんは、僕に合わせて立ち止まる。


 ひと呼吸おいてしまう。
 彼の顔を覗き込む。
 僕は、世間話には出来そうも無かった。


「いいんですか?」
「んっ、いいよー」
 店の話を出したら二人で遊ぶと言った。そして僕にも来ないかと言った。
 それは、つまり…、そういうことで、ということか。事が事だけに、確かめずにはいられない。
「あの、そういう内容で、僕を誘っているということで…。よいのでしょうか?」
「ははっバニーちゃんてば、はっきり聞くう」
「それはっ、はっきり聞くでしょう!だって!」
 慌て始めた僕を横目に、ハハハッと虎徹さんは声をあげて笑った。笑い続けている。これはつまり…、なんだそうか。
 からかわれたのか。
 何て人だと思い、僕はツンと正面を向いた。


 おじさんとアントニオさんは付き合いの長い大人同士だ、いろいろとあるだろう。それが例え世間一般の感覚からずれていたとしても、僕が口を出すことじゃない。
 もっともあの場所に居た時点で、僕もずれている人間ということになるのだが。
 だが僕はただの、『見ていた側』の一人なのだ。
「ふざけてないで、いきますよおじさんっ」
 僕は早口で言い切り、歩き始めた。
 クスクスと、笑いを残しながら虎徹さんがついてくる。


「ねえねえバニーちゃん」
「はいはい何ですか」
「遊ぼ」
「…はいはい」
 ハァーと息を出して聞き流す。そうだこのおじさん、人をからかうのが随分と好きだった。しつこいぞ全く……。
「ねえねえ」
「……」
 並んだ虎徹さんは、僕に肩を寄せてきた。
「そういう意味で、遊ぼ」
「っ…」






 用意出来る言葉はなかった。
 虎徹さんはそのまま僕の肩を、……肩で撫でた。


「バニーちゃん。おじさんたちとぉ遊んでくれる?ああ、それとももう予定はあるか」
「予定はありませんっ。お誘い、ありがとうございます」
 語尾に被せるように言い返してしまった。
「んっ…くくっ」
 速攻で、予定はないと言い返した僕が面白かったのかもしれない。また笑われた。
 ああ…。
 僕は今、少し目まいがしている……。


 トレーニングルームに着くと、アントニオさんとはすぐに合流が出来た。どうやら、他のメンバーは帰ってしまったらしい。
 僕はほっとした。今日はみんなとは顔を会わせづらい。
「アントーン」
「お、おう虎徹。バーナビーもおつかれさん、取材だったんだろ?」
「オレオレ俺にも!今日は二人でだったの!」
「ハイハイ、オツカレさん」
 カタカナですう棒読みですうと、虎徹さんはアントニオさんにじゃれついている。
 アントニオさんの様子から察するに、虎徹さんは彼に、僕があの店に居たことは言ってはいないようだ。
 シャワーを浴びてくると一声かけられ、僕と虎徹さんはまた二人きりとなった。


 虎徹さんとアントニオさんは始めからそのつもりだったのか、それから、アントニオさんは僕が居ることを了承するのかと、疑問がいくつか頭に浮かんだ。
 横を見ると…、虎徹さんが上目遣いで僕を見上げてきていた。
 そして彼は僕の疑問に、小さく答えた。
「大丈夫。アントンのことは俺が良くわかってんだから」
 この人はどれだけうぬぼれているんだと思ったが、口には出さない。
 それは僕が、この機会を逃すはずはなかったからだ。










 しばらくするとシャツをはおっただけで、頭を拭きながらアントニオさんが戻ってきた。
 女性陣もいないし気は使わないといったところか。胸毛がまだ、しっとりと濡れている。
 普段は出来るだけ見ないようにしているのだが、今日はそのために来ている。僕が軽く咳払いをすると、虎徹さんがひじで僕の体をトンとつついた。


 落ち着けよという戒めと、始めるぞという合図……。


 虎徹さんが、飲みに行きたぁいアントーンと騒ぎ始め。
 僕が、そういえば最近焼酎を買ってしまいました、虎徹さんの影響ですよ、とつぶやけば、後は話が早かった。


 僕の家で3人で飲むこととなったが、直接は行かず。まずはいったん、シルバーステージへと降りることとなった。
 僕の家には良い酒はあるが、ろくなつまみがないからだ。
 友人も女性も僕の家へはあげないのだから、あるはずもない。






 通りにある大きなスーパーに入り、おじさんたちは、コレイイナーと酒のつまみを見繕い始めた。
 ゲソを手に取る虎徹さんに、
「僕はそんなもの食べませんよ」
 と声をかける。
「俺とアントンが食べるからいーもん。なー」
「お前今日はテンション高いな、何でだ?」
 アントニオさんは不思議がりながら、食材のコーナー表示を見上げている。
 何か作ろうかと声をかけられ、いえ今日はいいです、のんびり飲みましょう、と言葉を返した。
「そうだぜ。今日はのんびり飲もうぜ」
 虎徹さんが、アントニオさんに腕をからませながら話に入る。
「そうか?でもトマトと…、それに合わせるチーズは買おう」
 小さくて柔らかいチーズ好きなんだよと、いそいそとカゴに入れる姿を、僕は眺めて楽しむ。
 こんな純朴そうな人が、あんなことを……。


 喉をごくりと動かしたら、虎徹さんと目が合った。
 うっすらと笑みを浮かべてきたので、僕も目元だけで笑って返した。
 僕と虎徹さんも、随分と気が合うようになったものだ。




 共犯者とは、こんな気分なのかもしれない……。






……終……