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悲しみは紳士

悲しみ紳士_写真01



 私はパトロール帰りに公園に寄った。いや、寄るというと少し違うのかもしれない。
 ただ見ている……。
 宙に浮かんで離れた所から、今日は、私はベンチを見ている。
 私のこの行動は、以前からのものだった。
 私は18歳で『風のNEXT』を発症した。
 NEXTとなってから。辛いことや悲しいことが起こった時に、私は夜になるとその場所に行くようになった。
 そしてその場所を浮いて眺める……。


 私は、自分のこの、夜の徘徊は一体何なのだろうかと疑問を持った。
 疑問を持った私は図書館に向かった。もともと人体科学は好きで、心理学に興味はあった。
 私は棚の中から、何となく読みやすそうなタイトルの本を選び、空いている席に着く。
『自分のことを、違う人間だと思うことで自分を守っているのです』
 多重人格についての記載が目についた。
 親に性的虐待を受けた過去を持つ、少女についての記載だ。違う人間、離れて見る……、ああこれに似ているのかもしれないな。
 私は引き続き、文字を読みながら考え続けた。
 私は私を守っている……。
 何から……?私は私を、何から守っている?
 この疑問には答えが探せなかった。私は自分の開いていた書物をゆっくりと閉じた。




 私の発症した『風のNEXT能力』は珍しく、また私は強い能力を持っていた。
 周りからの勧めと自分自身の能力に対しての自覚から、私はヒーローとなることを選んだ。
 そしてヒーロー『スカイハイ』となってから、私の夜の徘徊は『パトロール』と名前を変えた。




『犯人確保はドラゴンキッドオ!』
 威勢のよい実況の声が響いた。
 キッドくんがエイやあっとポーズを決め、折紙くんはキッドくんの後ろに。企業のロゴが見える位置で着地をする。
『HERO TV』はよく分かっていて、二人が入るように、中継カメラのレンズの位置を合わせた。
「あーあ残念っ。港か、キッドの方だったわね」
 ブルーローズくんがニコニコしながら現れた。キッドくんと彼女は最近仲が良い。
 さっきも『犯人は港から海へ行くか、ブリッジから他の地区へ渡ろうとするか』を相談し、二手に別れて犯人たちの先回りをしていた。
 どうやら勝った方がリンゴジュースをおごるらしい。
 私がすぐに捕まって良かったと言うと、ブルーローズくんも、ええそうねとヒーローの顔でうなずいた。
「よお、確保か?」
「やあ、バイソンくん。おそらくそうだよ」
「はぁい。ええ、確保ね」
 少し離れた逃走経路で待機をしていたバイソンくんも現れ、私たちはお互いに挨拶をすると解散することとなった。
「私は、事件現場を一応パトロールしてから帰るよ」
「うわー。やっぱりスカイハイって真面目」
 私が一声かけると、ブルーローズくんから軽い反応が返ってきた。彼女は片手を上げると素早く帰っていった。
「じゃあ、お疲れ様でしたー」
「うん。ブルーローズくんお疲れ様でした」
「おう。ブルーローズお疲れ様!」
 バイソンくんは、ブルーローズくんに挨拶をすると下へとかがんだ。
 彼は下にかがむと、キッドくんと犯人たちが争った時に出来た、木の枝やら割れた看板などを拾い集め始めた……。




 バイソンくんは『体の表皮が固くなるNEXT』だ。
 この能力から『ロックバイソン』、彼の器物破損は自然と増えてしまう。壁に穴を開けたり、トラックに角が刺さったり……。うん、角が刺さるのはドジっこ特性かな。
 今では自分が壊したものじゃなくても、片付ける癖が彼にはついてしまっている。
「私も拾おう。そして片付けよう!」
 私が足元の枝を拾いあげるとバイソンくんから、パトロールの方を頼むと声がかかった。
「スカイハイ。犯人は港から海上への移動手段があった。事件は落ち着いたが……。海だからな、下に降りずに見て回るならお前が適任だ」
 と彼は続けて話しかけてくる。
 私は彼にいつもしていることを答えた。
「うん。普段のパトロールも下へは降りてないんだよ」
「え?」
「うん。浮かんで見ているんだ」
「浮かんで…?」
 ああそうだと私が答えるとバイソンくんからは、息のような声のようなものが漏れた。
「ふう……ん。そう……か」
 どうしたのかと彼の顔を見ると、バイソンくんは私の顔をやけに覗き込んでくる。


「いつからだ?」
「?」
「いつからパトロールしてるんだ?」
「ああ。18の頃からだよ」
「ふう……」
 彼は溜息をつき私の頭に手を乗せると、クシャクシャと撫でた。そして何故だか、グシャグシャと激しく撫で始めた。
「うわっ、わっ、ちょっとっ、バイソンくん」
「スカーイハイッ!」
「な、なんだい?」
「パトロール終わったら飲みに来いっ!こて、タイガーと飲み行くところ、ツマミが美味いんだぜ」
 あとでメールするからな、絶対来いよ、とバイソンくんが私に念を押して来る。
 ああそうか、彼も私のことを真面目だと思っているのか。
 私は彼に向かってキラリと微笑んだ。
「私の疲れを癒そうとしてくれるんだね。大丈夫だよバイソンくん。ヒーローたるもの、市民のために動くのは当然だよ」
 バイソンくんはそんな私に、にやりとした笑顔を返してきた。
「スカイハイ」
「なんだい?バイソンくん」
「お前ヒーローになる前から『パトロール』……か?」
「え?……あっ」
 しまったと彼を見上げたが、彼の顔にはからかうような色はなかった。にやりとした笑顔は、大きな大きな笑顔に変わっていた。
 月並みな言い方だが、太陽のような笑顔だ。
 バイソンくんがその笑顔で私に確認をしてくる。
「パトロールには行くんだろ?」
「ああ、うん。……一人にもなりたいからね」
「ははっ、素直でよろしいっ」
「ふふっ」
「その後、飲みにも来るんだろ?」
「ん。……誰かとも居たいからね」
 彼に小突かれ、私はふにゃりと柔らかく笑った。






「では!行ってくるよ。そして帰ってくるよ!」
「おお、行って来いっ」
 私はふわりと体を浮かばせた。さあ、これから『パトロール』だ。  下では、飲み屋で待ってんぞーと声を張り上げるバイソンくんが、ぶんぶんと手を振っている。
 私もくるりんと空中で回り、彼に挨拶を返した。



悲しみ紳士_写真02



 私は上がる。眼下は小さくなり、光りと闇だけになっていく。
 そして18の時からの、私の心の中の奇妙な習慣が開始される……。
 白か黒か、そして白を選ぶという心の動き。
 原型をとどめない理由のない悲しさを、形の無い正義感で払拭しようとする。
 何かがあったから悲しいのではない。何もなくとも、人は悲しむのだ。
 私は大きく深呼吸をした。
 いつものように悲しみを消そうとしたら、いつもとは違うものが押し寄せてきた。
 これは何だ?
 白か黒かではない曖昧なもの、そして上品なもの……。
 無理矢理な明るさで潰すのではなく、理解しているよという含みのあるもの。
 どうしよう。ああこれは、…………。
 なんで、どうして、こんなに優しいのだろう。
 これは何だろー!
 私は感動して、月に向かって高速回転を披露した。








『パトロール』をさっさと終わらせた私は飲み屋へと向かい。メニューを選んでいたバイソンくんは、早えっと驚いた。
「ただいまバイソンくん」
「お、おう」
 私が、心にあるままに彼に微笑みかけると、彼は真っ赤な顔をしてうつむいた。
「おっまえ、そんな顔で笑うな。モウッ」
「ふふ、これは今日君がくれたものだよ」
 バイソンくんが、俺は何もしてないぞと困っている。可愛いな、彼にはもっと困って欲しい。
 私がメニューを覗き込むと、彼は赤い頬のままメニューの位置を変えた。
「どれにしようかな」
「飲み物はここだぞ」
「そうだね。んー」
 楽しいな。うん、とても楽しい。
 バイソンくんと話しながら私の頬も、彼と同じようにほんのりと染まっていった。






 後日談。
 これからは『パトロール』を、仕事として意識しないとちょっと不味いぞと。
 私は、ヒーローとして少しだけ反省をしたのであった。




 終わりん。