牛歩

 僕は何度も唾を飲み込んで手を握り込んだ。
 それから、目立たないように少し後ろへと下がった。もっともここでは僕のような容姿のものなど、誰も好みではないし気にも止めないだろう。
 そう、普段は目立つ僕のことなど、今は誰も見てなどいない。後ろの男の荒い息が肩にかかった…。


 皆の視線と呼吸を集めていたのは、ステージの上の大きな裸体だった。
 裸体は汗で艶々と光り、その肉はぴくぴくと震えていた。
 

 これが犯罪ならば、僕はすぐにでも止めただろう。だがここは、そういった嗜好を持つ者たちの集まりの場で、僕は『見る側』の人間だった。そして『見せる側』の彼は。
 彼らは、明らかに悦んでいた……。

イメージ写真







「ふぁー…。終わった終わったっ、と」
 撮影と取材が終わると、虎徹さんは首をコキコキと鳴らしながら立ちあがった。
 最近、二人で受けるヒーロー業務以外のマスコミの仕事が増えた。だが、虎徹さんの取材嫌いは相変わらずだった。
 嫌いというより面白くないのだろう。以前、長く座っていると飽きてくる、体を動かしてる方が落ち着くとか言っていたか……。
 周りも、彼の嫌みからではない気楽な様子に、お疲れ様でしたあー、と苦笑と共に大きく声をかけている。
「こちらこそ、ありがとうございました」
 僕がにっこりと周囲に笑いかけると、僕を見ていた何人かの女性が振らついた。うん、いつものことだ。
 僕はそのまま、営業スマイルを崩さなかった。何故営業か…、彼女らが嫌いなわけではない。ただ食指が動かないのだ。
 僕は、男性をその対象としていた。
 虎徹さんと僕は、関係者に取材内容の確認と挨拶をすると、撮影スタジオを後にした。


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